新年のあいさつをしようとしたら4ヶ月過ぎていた話

雑記


 新年のあいさつをしようとしたら、4ヶ月過ぎていました。

 なにを言っているかわからねーと思うが、私にもわかりません。
 頭がどうにかなっています。
 時を飛ばされたのでしょうか。

 ということで、なぜそうなったのかを軽く話していこうと思います。


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あいさつは大事


 あいさつは大事、古事記にもそう書かれている。
 ということで、新年を謹んでお喜び申し上げようとしました。
 そこでふと思い立ってしまったのです。どうせなら絵も描こうと。
 これが悲劇の始まりだったのです(失踪しただけ)。


 絵を描こうと思います。描きます。
 描けません。こんなにも描けないものかと驚くほどに。
 そうです。かなしいことに、あまりにも絵が描けなかったのです。
 そして思ったのです。「あれ、なんか絵がへたになってない?」と。
 ここで私に”まあええかの精神”が身に付いていれば、こんなに遅れることはなかったのかも知れません。
 しかし、悪い意味でこだわりが強い私は、納得ができなかったのです。
 きちんとした絵を描いて投稿したい。そんな思いが湧き上がります。
 それがよくなかったんだと思います。

 絵がへたになってしまったと思い込んだ私は、描けるようになるまでひたすらに描き続けていきます。
 来る日も来る日も毎日、描いては消し描いては消しを繰り返します。
 そしてここに集中力を使ったがために、他のことがおぼつかなくなります。
 記事を書こうとしても、なにも思いつきません。いや、これはいつものことかも知れません。
 絵も記事も”かけないループ”に陥ります。

 らくがきをしては寝て、模写をしては寝て。
 そうしているうちに、はたと気付くのです。
 「へたに”なった”のではなく、もともとへただったのでは?」と。
 そうです。自分は絵が多少描けるものだと錯覚していただけで、その実ドへたくそのゴミカスうんち野郎だったのです。
 これに気付くまでに、4ヶ月の時を要しました。

 こうして全てがどうでもよくなった私は思うのです。
 「ある程度描けていればなんでもいいや」と。
 そうして今に至るわけです。


 いや、絵と記事以外にも発信できることは山ほどあるだろ。それを失踪の理由にするなよ。
 そう考える方もいらっしゃることでしょう。私もそう思います。
 なぜ音信が途絶えたか、その原因は私の能力不足と怠惰です。
 言い訳できることがなにもありません。すみませんでした。


 ということで、愚かな人間の戯言でした。





 こちらができたイラスト。
 (#オリジナル 遅すぎた謹賀新年 – 藤山和のイラスト – pixiv
 こちらがそのボツ集。
 (#オリジナル 新年イラストボツらくがき集 – 藤山和のイラスト – pixiv

 こちらがひたすら描いていた絵たち。
 (#らくがき 絶望のらくがき集(p1~50) – 藤山和のイラスト – pixiv
 (#らくがき 絶望のらくがき集(p51~97) – 藤山和のイラスト – pixiv

 *絵はPixivにログインしていないと表示されないことがあります。


 アナログで描いている方が多いので、載せられない絵も含めるとこれらの倍は絵を描いている気がします。
 つまり、そこまでしてもそんなに上手くなることはないということなのでしょう。
 かなしいですね。


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